
かつての私にとって、コーヒーとは単なる「漆黒の苦い液体」に過ぎませんでした。正直に、その焦げたような苦味のどこに悦びを見出すべきか、さっぱり理解できなかったのです。「大人ぶって、無理をしなくてもいいのに」と、冷めた視線を送っていたのが当時の自分です。
しかし、25歳という「大人と青年の端境期」に立つ現在の私は、あろうことか毎朝、丁寧に豆を挽き、湯を沸かすことから一日を始めています。変わったのは味覚の感度ではありません。私が魅了されたのは、味そのものよりも、コーヒーを淹れる所作の中に宿る美しさだったのでした。
お気に入りのケトルから細く落ちる湯、ゆっくりと膨らむ豆の表情。その一連のコーヒーを淹れる所作に没頭する時間は、情報の荒波に揉まれる日常において、唯一自分を取り戻せる聖域となりました。今回は、味覚を超えた場所にある「コーヒーとの心地よい距離感」について、少しばかり筆を執ってみたいと思います。
コーヒーが好きになったきっかけ
人生の転換点というのは、意外と地味な場所に転がっているものです。私にとってそれは、友人たちと河原で楽しんだ「テントサウナ」の後でした。「ととのう」という無我の境地でぼーっとしていたとき、ふと、あの香ばしい匂いが漂ってきたのです。
かつては「苦いだけで、何が良いのかさっぱり分からない」と思っていたコーヒー。しかし、岩場に腰掛けた友人が、手慣れた様子でコーヒーを淹れる所作は、自然の風景の中で驚くほど綺麗に見えました。
ミルで豆を引く音
お湯を注ぐときの集中した横顔
その無駄のない動きを見ているうちに、私の頑なだった「コーヒー苦手意識」が、するすると解けていきました。
「熱いうちに」と渡された一杯は、僕の知っている苦いだけの飲み物ではありませんでした。サウナ後で敏感になった体に、澄んだ味わいと温かさがじんわりと染み渡る。「コーヒーって、こんなに美味しかったっけ?」と、思わず驚きが口を突いて出ました。
気がつけば、あれほど避けていたはずの二杯目をおかわりしていた私。あの美しいコーヒーを淹れる所作と、河原の清々しい空気。その幸福なコンビが、コーヒーライフの幕開けでした。
コーヒーは味もそうだが淹れる所作が好き

もちろん「味」は大切ですが、私にとってそれ以上に愛おしいのが、コーヒーを淹れる所作そのものです。
豆を選び、手回しのミルでゴリゴリと音を立てて挽き、お湯が沸くのを静かに待つ。そして、細い注ぎ口からゆっくりと、同心円を描くようにお湯を落としていく。この一連の流れには、どこか日本の茶道にも通じるような、背筋がすっと伸びる「儀式感」が漂っています。
仕事のタスクやスマホの通知に追われる忙しい日常の中で、この数分間だけは、ただ目の前の豆と水にだけ向き合える。そんなコーヒーを淹れる所作に没入する時間は、現代の私たちが最も必要としている贅沢な「空白」なのではないかと思っています。
私にとってコーヒーの味は、この素晴らしい体験の最後についてくる「最高のおまけ」のようなもの。もちろん、そのおまけが驚くほど絶品で、体に染み渡るからこそ、こうして毎日飽きもせず道具を手に取ってしまうのですが。
おすすめコーヒー豆
コーヒー初心者の方には、「どの豆を選べばいいの?」と悩むことがあるかもしれません。でも、そんなに気負う必要はありません。高級な豆である必要も、珍しい種類である必要もない。鮮度だけを意識すれば十分です。
ポイントは、届いたらすぐ冷凍庫に保存すること。これもコーヒーを教えてくれた友人からのアドバイスです。「酸化を防ぐためには冷凍保存がベスト」とのこと。これを知ってから、僕のコーヒーの味も格段に良くなりました。
コーヒーとの距離感

世の中には「正しいコーヒーの淹れ方」という明確な指標が存在します。
豆を1グラム単位で量り、
温度を1度単位で管理し、
秒単位で注ぎを制御する。
確かに、そのストイックな探究心から生まれる一杯は格別でしょう。しかし、私には少しばかり荷が重いのです。
本来、コーヒーは心を解き放つためのもの。リラックスするための時間にまで神経をすり減らしては、本末転倒ではないでしょうか。
私のコーヒーを淹れる所作は、どこまでも感覚的で、少し雑なくらいがちょうどいい。「今日は豆をこれくらいにしよう」「お湯も沸いたし、まあいいか」。そんな風に、その日の気分という曖昧な物差しに身を委ねるのが、私にとっての正解です。
この「いい塩梅の緩さ」こそが、私とコーヒーを淹れる所作との心地よい距離感。完璧を求めないからこそ、毎日飽きることなく、等身大の自分で向き合い続けられています。
セブンイレブンのコーヒーがうめえ
うますぎんだろ。120円のくせに。
キャンプで淹れるコーヒーが至高

でもやっぱり、一番の至高は大自然の中で飲む一杯。 焚き火のそばに座りながら淹れるコーヒーは、日常の一杯とはまったく別物です。
冷たい空気の中で飲む熱々のコーヒー。自然の静けさとともに飲む一杯は、単なる飲み物を超えた特別な存在になります。
使用しているミル、道具
僕のお気に入りはスノーピークの手挽きミル。ギミック好きにはたまらない魅力があります。そして、ハリオのアウトドア用コーヒーバッグ。これ一つあれば、どこへでも気軽にコーヒー道具を持ち運べます。


まとめ
コーヒーとは、客観的に見ればただの嗜好品に過ぎないのかもしれません。しかし、私にとっては、その一杯に至るまでのコーヒーを淹れる所作や、揺らぐ湯気を見つめる時間こそが、モノクロになりがちな日常に色彩を与えてくれるトリガーとなっています。
タイパ主義な現代において、あえて手間をかけ、時には少し「雑」な自分を許しながら豆と向き合う。そんな風に、自分らしいスタイルでコーヒーを淹れる所作を慈しむことこそが、日常をささやかに、特別へ変えてくれる魔法の正体なのだと感じています。
完璧な一杯を目指す必要はありません。あなたがあなたらしく、その時間を心地よいと感じられること。それこそが、何にも代えがたい「最高の抽出」ではないでしょうか。
もし、あなたが日々の中で何かに追われているのなら、ぜひ一度、ゆっくりと豆を挽く音に耳を傾けてみてください。そこにはきっと、あなただけの「特別な一杯」と、心穏やかな時間が待っているはずです。



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